風水と墓の関わり
道教と風水のつながり
現在、私たちの生活に深く浸透してきた東洋医学や
道教とは、中国人から生まれた唯一の宗教であり、儒教や仏教を取り込んだかたちで今日まで発展してきた、いわば中国民衆の精神史的な宗教といえるかもしれません。もともと道教は、古代において自然発生的に生まれた宗教であるため、他の宗教のように明確な教祖や開祖は不明とされています。
しかし、その後になって、古代の民間信仰に神仙思想や道家、陰陽五行説、医学、
道教の考え方の一つに「万物照応」というものがありますが、これは前にも述べたように、大宇宙(マクロコスモス)と小宇宙(ミクロコスモス)は互いに照応関係にあるというもので、道教の基ともなっている思想です。道教では、
「人間は自由に行動できるが、天に順応して生きることによってのみ平安を保つことができる。もし天に順応できなければ、白然界の均衡を狂わし、天変地異を起こすことになるだろう」
と説いています。道教では世界に起こる災いは、すべて人間に原因があるとしています。ですから、ここから派先した風水学は、そうした自然界の災いを未然に防ぎ、人々(生者や死者)の魂に平安を与え、幸福に導くための羅針盤であるといえるかもしれません。
墓相が運命を左右する
風水では、生者も死者も幸福であり続けるにはどうしたらよいかが大前提になっています。しかし、風水術はものすごい威力で相手の運命を変えてしまうだけに、逆用すれば相手を倒してしまうような恐ろしい方術にもなりかねません。
たとえば、政敵を倒したいために、深夜、相手の家の墓所に赴いて墓石の方角をずらしたり、龍脈を断つために付近の土地を掘ったりするなど、風水術を駆使して相手やあるいはその家族を不幸に陥らせようとする行為は、過去における幾多の戦いのなかでも頻繁に行なわれていたようです。
かつては、どこの国の墓所にも
現在では、葬制の変化や墓地の近代化などにともなって墓守りはすっかり見かけなくなってしまいましたが、これも昔の人といまの人とでは、風水術に対する認識が異なってきていることの現われだともいえます。
しかし、科学万能の世の中になったからといって、家相や墓相に関わる風水術を迷信であると片づけてしまってもよいのでしょうか。家を購入しようとしている入のなかには、
「家が建てられるならば、どんな土地でもかまわない」
「徒い勝手さえよけれぱどんなつくりでも平気だ」
という具合に、まったく形や方角を気にしない人がいます。墓についても同様で、
「墓地が確保できるなら、どんな土地でもいい」
「墓石の形やデザインは好きにすればいいじゃないか」
などと孝える人もけっこう多いようです。
たしかに、そうした家相や墓相が生者に何の影響も及ぼさないのであれば、それに越したことはないでしょう。しかし実際には、家相や墓相の善し悪しが人間の幸不幸を左右していることは明日な事実であるといわざるを得ません。とくに墓のことに関していえぱ、膨大な数の統計資料からもそれを裏づけることができます。
龍脈と龍穴
風水は現在でも韓国や台湾、香港などで盛んに行なわれており、風水の専門家が家相や墓相の指導を行なっています。日本では、家相がブームとなってその存在が認知されてはきたものの墓相に関しては、まだほとんど知られていないというのが現状でしょう。
しかし、墓相といっても、基本的には家相と異なるものではありません。ただ、墓地風水の場合、死者が生気(大地の気)の仲立ちをする点だけが異なっているといえます。
風水思想では、この霊なる地気をとくに「生気」と呼ぴ、これが集まる所には英傑が誕生するとしていました。
また、生気は大地に連なる山に沿って流れると考えられていたため、山は一個の巨大な生物(龍)にたとえられ、山脈は
祖山がある場所は、
こうして祖山から湧き出た生気は、
龍穴は、大地の霊気が集約されている、いわばエネルギー・スポットのようなもので、この生気(地気エネルギ)に感応することができれば、人間もまた絶大な力を得ることができるとされていたのです。
とはいうものの、大地から龍穴を探し当てるということは、そう簡単にはいきません。
「三年龍を尋ね、十年穴を点す」
という
地気は本来肉眼では見えませんし、もちろん龍穴白体も
風水師は、山や川が特定の配置になっている所に龍脈が走っていると考えて、姿の見えない龍穴を風景の側から帰納していきました。こうしたことから考えると、風水術は一種の景観学、地理学であるといえなくもありません。
富貴繁栄の地と墓地風水
龍穴を抱いた風景にはさまざまな種類がありますが、そのほとんどが三方を山に囲まれて、一方が開けているといった景観を呈しています。つまり、龍穴は地理的に包囲された場所にあるのが通例となっていたわけです。
こうした景観は日本においても京都に見られ、平安京は
四神相応の地とは、東に流水(
青龍・白虎・朱雀・玄武という呼び名は、天地白然の理である少陽・少陰・老陽・老陰の四気を示しており、また、流水・長道・汚地・丘陵という四つの地形は、易学からきたとされています。
このように、包囲する自然を青龍・白虎・朱雀・玄武といった四神の名で呼ぶところなどは、自然界の加護を求める人間の祈りのようなものが、そこに込められていたように思われます。
これら四紳は、本来は天上にある特定の星を意味していたのですが、これが地に降って方位の守護神となり、やがて墓室という小宇宙を守獲するようになったといわれています。
古来より龍穴が熱心に探索さ犯たのも、じつはそこを中心に都市や寺院、家屋や墓を建てると、生気が居住している人間に感応し、衰運を盛運に、貧を富に変えると信じられていたからにほかなりません。
龍穴は、人間が住まう土地としては最高の場所です、とくに墓の場合は龍穴に建てることによって死者の魂は安らぎ、その遺体を
風水ではこうした理念を基に、昔から生者が住む家を陽宅、死者が住む家(墓)を陰宅と名づけ、家や墓の建築の際には細心の注意を払ってきました。
陰宅と陽宅、すなわち陰と陽は
「人は、自分の生まれ出た根源に回帰する」
という中国的死生観の基ともなっていると考えられます。また、易の思想のなかにも、
「陽は陰に転じ、陰はまた陽に転じる。万物これ生成
という説があり、これは万物生成(太虚)と陰陽の循環(太極)を示す図でそれぞれ表わされています。
墓地風水では、自然界の生成流転はあくまでも即物的な死生観にしかすぎません。死ねば魂は天に、肉体は土に還るだけのことであって、それ以上のことでも、それ以下のことでもないわけです。
したがって、墓の地理学よりも、むしろ墓を
もし、祖先を軽視していれぱ災厄が子孫にもたらされますし、逆に祖先が満足ならば、子孫に利益が及ぶと考えます。そして、祖先のこの感情は、墓の立地状態だけではなく、子孫の祖先に態度いかんによっても変化するとされています。
墓地風水は一見、祖先から子孫への一方的な働きかけのように、あるいは子孫から祖先への一方的な維持管理のように思われがちですが、じつは死者と生者の間には互いに人格を認め合うといった、対等な世界観が存在しているのです。
このように、墓地風水が相互の感情を重要視しているという背景には、死者と生者それぞれが炮く「感情」というものに、物理的影響力を及ぽすだけの強いカが働くのだということを暗示しているわけです。
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墓相Wiki 最終更新時間:2012年07月24日 13時20分29秒